AI・人工知能について 5・資本主義の流儀で

人工知能AI・ロボットと人類の未来・4

【続・AI・ロボット社会が持つべき利害調整の枠組み】

引き続き、AI・ロボットによる大量失業を想定した利害調整の枠組みを考えます。

税金による公的支援も良いのですが、前述のように、成長セクターが見つかっていないとうまくいきません。その時々の景気にも影響されるでしょうね。そして、限定的にではあれ、リッチマンズ・チャリティー、つまりお金持ちの気まぐれなお恵みの要素があると、施策は安定しません。

もっとも安定するのは、ビジネスとして収益性と継続性のあるものです。

 

個人がAI・ロボットを所有する枠組み

個人(経済学用語で言えば「家計」)がAI・ロボットを購入・所有し、AI・ロボットを導入したい企業に貸与する」という枠組みが考えられます。

「個人がAI・ロボットを買う」というと驚かれるかもしれませんが、もちろん文字通り直接的に買うわけではありません。個人から集めたお金をファンド化し、まとまった金額にしたうえで、そこからお金を出してAI・ロボットを買うという、金融の枠組みを通じた間接的な購入・所有です。

個人・家計は、1台何億円もすることもあるマシンを、ほかの何人もの人と共有します。

 

リターンの原資は?

とりあえずこのファンド、AIとロボットのRを取って、今は仮にAIRファンドと呼ぶことにします。なんかものすごく詐欺っぽいですが、今は目をつぶりましょう。

さて、このファンドへの出資者である個人・家計に対するリターンはどこから出るでしょうか。

その原資はAI・ロボットたちの「労働」に由来します。

 

古典経済学の基礎をなす理論の1つに「労働価値説」があります。「労働が価値の源泉である」という考え方です。たとえばクリスタルガラスとメタルパーツを1000円で仕入れてきて、デザインを考えて材料を加工し、手作りジュエリーに仕上げて5000円で売ったとしましょう。ここでは単純に言って、デザインと加工という「労働」が4000円の価値を生み出しています。実際にはもろもろ経費があって、もう少し減りますが。

工場やオフィスで活動しているAI・ロボットたちも、賃金は受け取っていないにもかかわらず「労働」はしているのです。そこからは当然、理論値としては「売上-原材料費―経費」で計算できる労働価値が生じています。

AI・ロボットたちの所有者であるAIRファンドは、その労働価値から企業の取り分を差し引いた金額をリターンとして受け取ります。そしてAIRファンドは、個人・家計に対し、その出資額に応じてリターンを分配します。

 

ちなみに、一般の投資信託にありがちな「その会社の株式を買う」のとは、リターンの収益構造が異なります。株式の場合、ある企業が通期の決算で、総売上から税金と諸経費を差し引いた「純利益」の金額をベースとして、その何%かを配当として株主に分配します(インカム・ゲイン)。あるいは、その会社が好業績を上げ、純利益が大きくなると、株価のPER(株価収益率・一株あたりの純利益に対する株価の倍率)が下がり、割安感が出て株価は上昇しやすくなりますので、投資信託は株価が上がったところで利益確定売りを行い、キャピタル・ゲイン(値上がり売却益)を得ます。

インカム・ゲイン、キャピタル・ゲイン、いずれについても会社が上げた利益からのリターンは間接的であり、不確実性もあります。

これに対し、AIRファンドの場合は、あくまでも所有し貸与しているAI・ロボットたちの労働価値をベースにリターンを求めます。売上から原材料費と経費を引いた金額(労働価値の理論値)の50%くらいをリターンとして引っ張ってもいいんじゃないでしょうか。たとえその会社全体の決算が赤字だったとしても、売上があり、それが原材料費と諸経費を上回っている限りはリターンが発生します。

そういう意味では、投資信託よりも単純明快で直接的な仕組みです。

 

AI・ロボット導入企業にとってのメリットは?

AI・ロボットを自力で調達した企業は、もちろんそれらの直接的所有者ですから、生み出された労働価値を他人に分け与える必要などありません。そこをあえてそうせずに、他人に利益を分け与える枠組みを使ってマシンを調達するのであれば、企業側にもメリットがないことには意味がありません。

もちろん、企業側にもメリットはあります。もうお察しでしょうが、AIRファンドの枠組みを使えば、企業側はAI・ロボットを導入するにあたって、お金を出す必要がないのです。作りたい製品、生み出したいサービスのアイデアを考えついたら、AIRファンドにマシンを買ってもらえば、すぐに生産を始められます。銀行に設備投資の融資を頼みに行く必要もありません。資本金が少ない会社、小さな会社でも、いきなり大スケールの事業を始めることも、可能になります。もちろん、マシンに仕事を奪われた当の本人である個人が、きわめて少ない資金しか持っていなかったとしても、アイデア次第で起業することも可能です。

 

また、これもすでにお気づきと思いますが、前の記事で書いたコスト構造の話で言うと、AIRファンドの枠組みを使ってAI・ロボットを導入した企業にとって「資本的支出は小さいが収益的支出が継続的にある」という、人を雇う方のコスト構造に近くなります。

しかし、人を雇うよりも収益的支出は相対的に低くなるはずです。

というのは、AI・ロボットは365日24時間労働という超絶ブラック環境にも平然と耐え、電気と時折のグリスアップ以外、何も求めません。人間の労働に付随する福利厚生費や消耗品代などの経費はかかりません。その一方で莫大な労働価値を生み出しますので、AIRファンドにリターンとして渡す金額は、人間労働者への給与よりも高額になることもあるでしょうが、生み出す価値の方がはるかに大きいので、相対的には安くなると言えます。これもAIRファンドを利用する企業にとってのメリットです。

 

AIRファンドは何をする?

次にAIRファンドの具体的任務を考えます。

まず第1には「AI・ロボットを買う」ことなのですが、その前に、AI・ロボットを導入したい企業からビジネスモデル、ビジネスプランを聞き取り、収益の見込みや継続性を判断することも大事です。企業によっては、タダでAI・ロボットが手に入るチャンスだけに、いい加減なビジネスモデルを持ち込んでくることもあるかもしれません。

つまり、デューデリジェンスですね。そのへんをしっかりチェックするのは大事なことです。

 

それから、導入企業において、AI・ロボットがどれほどの労働価値を生み出しているのかのチェックも、リターンに関わる部分ですからAIRファンドの重要な任務です。AIRファンドはAI・ロボットの所有者ですから、当然これはチェックする権利を持ちます。

あとはそうしたチェック内容とリターン率・金額を出資者に透明性を以て開示・説明することです。そうしたうえで、リターンを各出資者に分配します。

そうしたすべての任務は、ホーキング博士の「機械によってもたらされる富が分配されれば、全ての人が仕事から解放されて自由な時間を贅沢に楽しむことが出来るでしょう」という言葉の実現に向けられています。

 

AIRファンドは誰がやる?

そしてAIRファンドの運営主体ですが、日本で言えば金融庁のような公的機関の監督を受けさえすれば、誰がやっても問題ないでしょう。ただ、「持てる者と持たざる者の利害を調整する」とともに「持てる者と持たざる者の争いを防ぐ」ことも目指す枠組みですから、できるだけ大きく、国際的なスケールでできる運営主体が望ましいでしょう。

国連なんかいいんじゃないでしょうか。せっかく問題意識、危機意識を持っているのですから。

AIRファンドは、資本金がほとんどなくても、良いビジネスモデルさえ思いつけば、それを始めるチャンスを与える枠組みです。国連あたりが仲介に入れば、最低限の工業インフラが整っているという条件はクリアする必要があるでしょうが、非常に貧しい国でも発展のきっかけを容易につかめるようになるでしょう。

 

AIRファンドに出資する主体も誰でもいいと思います。ここではAI・ロボットに仕事をうばわれる個人を主に念頭に置いていますが、それ以外の個人投資家でも、あるいは法人でもかまわないでしょう。

AI・ロボティクス業界の企業が出資したっていいんです。自分たちの製品が売れるチャンスを広げることにもつながるうえに、自分たちの製品の活躍からリターンを得られるのですから、最高です。

 

人類の未来はAI・ロボットとともに

「機械によってもたらされる富の再配分」を実現する枠組みはAIRファンド以外にも考えられるでしょう。今後をにらんで、ぜひ社会全体で考えていけたらいいと思います。

逆にそれを考えずに、「機械の所有者が富の再分配への反対に成功すれば、ほとんどの人がどうしようもないほどの貧困におちいるでしょう」(ホーキング博士)。

前の記事で書いたように、生産と消費は経済の両輪。富の再分配に反対する者は、自分の生産物がやがて売れなくなり、自滅する運命を悟るべきです。