AI・人工知能について 3・仕事を奪われないために

人工知能AI・ロボットと人類の未来・2

今後ますます、人の働きが人工知能とロボットに取って代わられていきます。マニュアル化しやすく、定型的ルーティンの繰り返しが多い職種ほど、早く機械に奪われてしまうと言われています。前の記事でオズボーン氏が挙げた職種を示しましたが、そうした職種は大きく4つの分野に整理できます。

 

人工知能・ロボットに取って代わられやすい職種

おおまかに次の4分野になります。

 

・補助系 ……事務、接客、助手など

・維持系 ……監視、警備、保守点検など

・運転系 ……輸送、公共交通機関、集配業務など

・製造系 ……建設、工場作業、農業など

 

これら4つですが、もちろんすべてが機械に置き換わるわけではありません。例えば「接客」だと、高級寄りのレストランや料亭では人間が勤め続けるでしょう。しかしすでに、テーブル上のタッチパネルから料理を注文できる回転寿司や立ち食いステーキ店などは現れています。

サービス業や配送業などでは人手不足が深刻ですので、業界もそうした機械化による省力化には積極的になっています。分野によって早いか遅いかのちがいはあれ、機械による労働力の置き換えは、加速しながら進んでいくでしょう。

 

人と機械の支出費目・特性のちがい

労働力として人を雇う場合と人工知能・ロボットを買う場合とでは、企業による支出のあり方が異なります。基本的なことですが、確認します。

人間の労働力については、資本的支出(建物、機械、その他設備など、長期的な生産手段のための支出)はほとんど伴いませんが、収益的支出(給料、福利厚生など、労働者に対する継続的な支出)が時間に比例して高くなっていきます。

機械は、コスト構造がこの反対になります。最初に資本的支出がドカンとかかりますが、給料が要らないので収益的支出は電気代とメンテナンス費用くらいです。

 

両者のコスト構造を比較すると、

《機械の耐用年数分の労働生産価値》-《機械導入に要する初期投資費用》≒《企業の利益》……①

《労働者の定年までの労働生産価値》-《定年までの給料・経費総額》≒《企業の利益》……②

というざっくりした式が考えられます。

ここで、①が②を上回れば、企業にとって人間に代えて機械を導入するメリットがあることになります。すると、①の《機械の耐用年数分の労働生産価値》が大きければ大きいほど、そして《機械導入に要する初期投資費用》が安ければ安いほど、企業が機械を導入しようとするインセンティブは高まります。

 

ここから、企業が機械に求めるポイントは、

・耐用年数ができるだけ長いこと

・多少の作業内容の変化に対応できるよう、ある程度の汎用性があること

・人工知能・ロボット本体ができるだけ安いこと

の3つになります。

この3つのポイントのいずれについても、ハードウェアであるロボットよりも、ソフトウェアである人工知能の方が有利であろうと観測できます。というのは、

・レベル3、レベル4の人工知能なら、自分で自分をバージョンアップしていける

・新しい作業への対応も簡単な指示で勝手にやってくれる

・すでにかなり安いものがリリースされている(GoogleやIBMなど)

といった特性があるからです。

ハードウェアであるロボットですと、企業ごと作業ごとのカスタマイズが必要になるため、大量生産によるスケールメリットのコストダウンが期待しにくいところが出てきます。作業内容の変化には、少なくとも部分的な改造が必要になることが多いでしょう。消費電力も、コンピュータよりずっと多くなります。

したがって、機械による人間労働力の置き換えは、AIによるものの方がずっと速いペースで進むことが考えられます。

 

人間はどう働けばいいのか・社会はどう受け止めるのか

前の記事で見たオズボーン氏の指摘は全世界に大きな衝撃を与え、議論を呼びました。国際連合も大量失業や自律兵器の拡散に危機感を持ち、オランダのハーグに人工知能とロボットの動向監視を行う機関を創設するといいます。

大量失業の問題に関しては、「個人として、どのような働き方を考えていけば良いのか」という方向と、「国や社会として、どのような利害調整の枠組みを考えるべきか」という方向に議論はわかれています。

 

・個人として、どのような働き方を考えていけば良いのか

「機械に奪われやすい職種」を上記のように整理していますが、ということは、「マニュアル化されにくく、定型的ルーティンの繰り返しが少ない仕事に就こう」ということになります。

代表的なところでは、芸術家のようなクリエイティブな仕事。作家、詩人、画家などでしょうか。

ただ音楽家はちょっと難しいかもしれません。というのは、自動作曲に近い方法・手段は、古くはヨハン・ゼバスティアン・バッハやアマデウス・モーツァルトが考えているのです。バッハは対位法芸術の大成者で、音楽をある程度数学的・幾何学的に考えて、例えば楽譜を鏡に写して反転させてもちゃんと曲になるもの、楽譜を頭から演奏しても、最後から逆向きに演奏しても、その両方を同時に合奏しても美しい音楽になるような曲を作っています。モーツァルトもサイコロを振って出た目のパーツをつなげていけばちゃんと曲になるシステムを考案しています。現代でも、小室哲哉が作るどれも同じような曲ならコンピュータは一瞬で何曲も作ります。

そういう領域もありますが、要は機械にまねできない仕事をしろということです。たとえば弁護士助手ではなく、弁護士になれと。

これはこれで確かな方向でしょうが、ハードルは高いですね。

 

そうした創造的な仕事ではなく、奪われやすい4分野の職種であっても、機械にできない要素を自分の仕事に持たせるという方向も考えられます。

例えばレストランのウェイター、ウェイトレスでも、機械ではなかなか気付かないちょっとした客の表情から意志や欲求を読み取って対処するとか、「人間でないと」という部分を出していけば良いという話です。

ただ……AIなら近い将来にコレ、できてしまうようになりそうなんですが……

 

どうすれば良いのか、それこそAIに聞いてみたいものですね。

「キミがマネできないことって、何だ?」と。

なかなか難しいところです。

 

さて、では次の記事で、「国や社会として、どう考えるべきか」について検討します。