はじめに
まずもって、私たちが持っている「人工知能のイメージ」はあいまいだと思います。それもそのはずで、実はそもそも、「人工知能なるもの」はまとまった体系ではないのです。「なにがしかの知識と知性を感じさせる動作を行うコンピュータ」と言えば大きなくくりとしては正解ですが、実際にマシンの中で行われている処理は、統計的手法によるもの、確率論的なもの、データベース検索によるアンサリング、最適解に近似していくヒューリスティック(heuristic)なプロセスなど多種多様で、それら数々の手法の間には直接の関連はありません。
つまり、ファジー、ディシジョンツリー、ベイジアンネットワーク、ゲーム理論、機械学習、ディープラーニング、ニューラルネットワーク、遺伝的アルゴリズム、ロジスティック回帰……等々といった、理論的背景も考え方もまったく互いに縁のない諸分野の全体を、ざっくりとまとめて「人工知能」とイメージしているだけなのです。あいまいなのも当然です。
個別技術と関連理論
ですから、人工知能についてできるだけ全体的に知っていきたいとすると、まったくバラバラの方向性と内容を持つ理論と技術について、羅列的に学んでいくしかないことになります。ということで、「個別技術と周辺理論」をひとつひとつ見ていきましょう。
しかし、「まったくバラバラ」とは言っても、ある程度のカテゴライズはできます。上に書いたような「統計的手法」、「確率論」、「データベース」、「ヒューリスティック」などです。たとえば「ディープラーニング」や「遺伝的アルゴリズム」は「ヒューリスティック」な手法ですし、「ニューラルネットワーク」はそれを実現するためのテクノロジーです。それらは「ヒューリスティック」にカテゴライズされます。
前のシリーズ、「AI・人工知能について」では、AI開発の歴史という時間軸を柱に、それぞれの時代の代表的な技術や理論を位置づけていきました。ただ、それでは代表的な一部の紹介・解説にとどまるところが出てきます。その補完も含めて、個別の技術を見ていくことにします。
カテゴライズ
人工知能に関するさまざまな手法・技術・理論について、ここでは以下のように大まかにカテゴライズして整理していきます。
ヒューリスティック
暫定解を出して検証・評価し、またやり直して暫定解を出す……というプロセスを繰り返して最適解に近似していく手法です。人工知能研究の草創期、出発点はこの手法にありました。現在最先端のAI技術にも、中枢に位置する手法として活用されています。あらゆる組み合わせをすべて評価しようとすると計算量が膨大になってしまう問題や、「やってみなければわからない」問題などに利用します。
統計的手法
偏差値によるばらつき評価、各種の回帰分析などを用いた統計的手法で傾向や規則性、法則性を見つけようとします。ビッグデータからのデータマイニングなどに利用されます。
統計学は古くから発達してきましたので、「コンピュータが高速処理するから“知的”に見えるだけで、やっていることは18世紀と同じ」、つまり「なんら人工知能ではない」という指摘も、このカテゴリーに関してはよくあります。かなり的を射た意見ですが、ビッグデータ活用の場面では「一部をサンプリングする統計学の手法」をとらず、文字通り全体のデータすべてを残らず引き受ける手法がとられることもあります。そういう意味で、従来の統計学的手法とは一線を画される部分もあります。
確率論的手法
ベイジアンネットワーク、ニューラルネットワークによる学習・認識などに利用されます。「○○の原因は××である確率がもっとも高く、~%である」とか、「この画像は○○である確率がもっとも高く、~%である」、あるいは「この音声は……」といったように、確率的に回答を示すアルゴリズムです。
データベーステクノロジー
確率的な答えばかりでなく、確立された間違いのない知識を回答します。1980年代にさかんに利用されたエキスパートシステムが代表的です。維持・更新が大変なのですたれてしまいましたが、音声や画像を含む非構造化データも取り込める機械学習の実現にともなって、生まれ変わって復活しつつあります。
ざっくりとこの4つのカテゴライズで整理していきます。
ただし、あるひとつのテクノロジーの中で、複数のカテゴリーの手法が同居し協働していることも多々あります。たとえば、確率は統計を前提としているところがありますし、ニューラルネットワークを用いたディープラーニングにおいては、学習プロセスは「統計をとりつつ確率を求め」、しかるのちに「識別に最適な確率分布にヒューリスティックに近似していく」ことで行われますので、統計、確率、ヒューリスティックという3つのカテゴリーにまたがっていることになります。また、学習された結果・内容はデータベーステクノロジーに活用されることもありえますので、その意味では上記4つのカテゴリーすべてにまたがっているとも言えます。
したがって、上記のカテゴリー分けできれいに切り分けられるわけではありません。しかし、多少は人工知能というテクノロジーの全体的イメージに近づきやすくなるでしょう。
それでは、次の記事からカテゴリーごとにひとつひとつの個別技術や理論を解説していきます。